2019.11.11
【専門家に教えてもらう!】法律保育の基本
高校生の時の政治経済の授業で先生から日本は法治国家だから法律に則っていろいろなことが動いていると教わりました。
最近の福祉や保育に関する法律は「児童福祉法」というシンプルな名称から「・・・・・・法」という長い名称になっています。
また「児童福祉法」から「発達障害者支援法」という支援法という政府の意向が見えます。
ここでは、保育に関わる出来事を法律的にどう考え対処するのかを学びます。
今回は、早稲田大学法学学術院(法学部)助手で、学校法人三幸学園大宮こども専門学校にて日本国憲法を教えている宇都宮遼平先生に監修いただきました。
宇都宮遼平(うつのみやりょうへい)
早稲田大学法学学術院(法学部)助手
学校法人三幸学園大宮こども専門学校講師
保育に関する法律は何があるのか?
法律について基礎知識
法律は大きく分けて「一般法」と「特別法」があります。
特別法は、一般法に優先して適用されますが、特別法に規定されていない事項については、一般法が適用されるという原則があります。
「保育に関する法律」というと、「児童福祉法」が真っ先に思い浮かびます。
児童福祉法は、上記の法律の分類からいえば、「特別法」に分類されるものであります。
保育園に子どもを預けることは、保育園と保護者との間の「契約」に基づくものです。
契約については、「民法」が一般法として規定しています。
したがって、児童福祉法が特別法として、保育に関する様々な事項について規定するその前提として、民法が一般法として、広く「契約」というものについて規定しているということになります。
つまり保育園との「契約」は民法が定めていて、その契約の内容は児童福祉法という「特別法」で定めています。
今回は、民法、そして宇都宮先生のご専門の、民事訴訟に発展してしまった場合にその手続を規律する民事訴訟法が問題となる場面を考えてみましょう。
保育園と法律の関係性
子どもを保育園に預けるときは、保育園は保護者との間で「保育委託契約」が締結されます。
この保育委託契約は民法上「委任契約」(民法643条)という契約の種類に属します。
保育の委託を受けた保育園(「受任者」と言います。)は、委任契約上「委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」(民法644条)ことになります。
この「善良な管理者の注意」(「善管注意義務」と言います。)というのは「委任者と同様な職業・地位にある者に対して一般に期待される水準の注意義務」と言われています。
委任契約は当事者間(保育園と保護者の間)の信頼関係を基礎とする契約です。
具体的には、この善管注意義務の程度というのは、当事者間の知識・才能・手腕の格差、委任者の受任者に対する信頼の程度などに応じて判断することになります。
つまり完璧というものがありません。
例えば、保育園の園舎が古くなって雨漏りがするので補修工事をしたとします。
ここで保育園と補修業者との間で「請負契約」が結ばれます。
この場合は100%雨漏りがなくなったという結果が求められます。
しかし保育には100%の保育がありませんので、「請負契約」とは異なります。
保育中の事故への法的な対応
保育園で不慮の事故が発生してしまった場合
①委任契約の当事者である受任者(保育園という法人またはその代表者)がこの善管注意義務を果たしていたかどうかが問われることになります。
そして、善管注意義務を果たしていなかったという契約義務違反を理由として、「債務不履行責任」(民法415条)が問われることになります。
②この事故が保育士の業務上の過失に基づくものである場合、保育士は保育園の委任契約の直接の当事者ではありませんので、契約外の責任、すなわち「不法行為責任」(民法709条)が問われることになります。
③そして、これと関連して、受任者は保育士を雇用している者(「使用者」と言います。)として、「使用者責任」(民法715条)という不法行為責任にも問われることになります。
したがって、この事故の被害者からその責任を追及されるパターンとしては・・・
- 保育園(法人)に対する、債務不履行責任(民法415条)ないしは使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求。
- 保育園の代表者(個人)に対する、債務不履行責任(民法415条)ないしは使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求
- 保育士に対する、不法行為責任(民法709条)に基づく損害賠償請求、
の三つが考えられます。
実際に起こった保育の法的対応
では、実際に起こった保育中の事故に関する事例を一つ見てみましょう。
東北地方にある認可外保育施設において午睡中に死亡した幼児(当時1歳)の両親らが、その認可外保育施設に対し、使用者責任または債務不履行に基づき、ならびに園長、副園長、そして保育担当者に対し、不法行為に基づき、損害賠償を求めたという事例です(実際はもっと複雑なのですが、関連する事項のみ簡略化して紹介しています)。
認定事実によれば、保育担当者は幼児を、バスタオルを敷いた敷布団の上にうつ伏せの体勢で寝かせ、その肩付近から足先にかけてバスタオルをかけた上、四つ折りにした大人用の毛布を幼児の全身を覆うようにしてかけ、頭部付近に楕円形の空洞を設けた上で巻いて円筒形にしたタオルケット2つを幼児の背部ないし腰部付近に置き、傍を離れたところ、その約40分後、他の保育担当者が、幼児がぐったりしているのを見つけ、病院へ搬送しましたが、間もなく死亡が確認されました。
保育のプロである皆様は保育担当者が幼児をうつ伏せの体勢で寝かせたことをどのように評価されるでしょうか。
いずれも理由を挙げて保護者らの主張を「否認」しています。
民事訴訟において、原告・被告の両当事者間で争いのある事実については、どちらの言い分が正しいのかを証拠を用いて判断する必要が出てきます。
この、裁判官に確信を得させるために証拠を提出する当事者の努力のことを「証明」と言いますが、裁判官が証明すべき事実が80%以上の確率で存在すると確信を得た状態を「証明」ありと言います(「本証」と言います)。
これに対し相手方は、証明すべき事実が存在する確率を79%以下に下げるべく、理由を挙げて否認してその証拠を提出することになります(「反証」といいます。)。
本件では、第一審、第二審とも保護者らによる「本証」が成功し、認可外保育施設および園長・副園長・保育担当者に対するいずれの損害賠償請求も認容されるに至りました。
もし、訴えられたらどう対処するか
保育中の事故について損害賠償請求の訴えを提起されてしまった場合、保育園側としては・・・
- 直接保育を担当した者の業務に何らの過失も無かったこと。
- 保育園全体として、保育担当者の業務の監督・指導に何らの過失も無かったこと。
を主張・立証する必要があります。
先述の事例においては、うつ伏せ寝の危険性について指摘する厚生労働省の「保育所保育指針解説書」および「認可外保育施設指導監督基準」も引き合いに出されており、それに反して幼児にうつ伏せ寝をさせ放置した園側の過失を認めています。
保育中の事故に関し保育園側に過失が無かったと言うためには、この「保育所保育指針解説書」や「認可外保育施設指導監督基準」のような公式のマニュアルに従った運営や業務がなされているかどうかということが一つの重要な要素となるかと思われます。
園児同士のトラブルの場合
これも東北地方で実際にあった話です。
他の園児からの暴力や暴言が繰り返されたことにより精神的苦痛を受けた園児が、形式的にはその両親を法定代理人として、幼稚園に対し債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起したという事案です。
結果としては、他の園児からの暴力や暴言の事実は認められず、義務違反行為も認められなかったのですが、この事案において、裁判所は幼稚園教育における設置管理者および教諭の注意義務について判断を示しています。
「幼稚園教育は、判断力や理解力が未熟であり、善悪の判断や状況に応じた行動を適切にすることができない幼児に、他の幼児との集団生活を通じて、社会的な行動を身につけさせていくものであり、もとより債務不履行責任や不法行為責任は過失責任に基づくものであって結果責任を負担させるものではないことに照らすと、幼児が、他の幼児を叩いたり、悪口を言うことがあったとしても、このことをもって直ちに幼稚園の設置管理者及び教諭が幼児の動静を把握する義務を怠ったものとして法的責任を負うものではない。
それまでの幼稚園での生活状況や言動、保護者からの情報提供等から、当該幼児の行動により他の幼児への具体的な危険が生じることを予測できたにもかかわらず、これを予測することなく、又は、予測したものの、この危険を回避するための適切な措置を怠った場合に法的責任が肯認されるものと解釈する(筆者注:責任があると考える)のが相当である。」(下線は筆者による)同じことは、保育園についても言えるのではないでしょうか。
まとめ
これまで、保育中の事故が生じてしまった後のことについてお話ししてきましたが、重要なのは、これらの事故を未然に防ぐべく、保育のプロとして、既に述べたような注意義務や責任をきちんと果たした仕事をすることだと思います。
とはいえ、「保護者から訴えられないようにすることを最重要課題として保育している園」「園児たちが保育中にケガしたらあとで保護者からいろいろな文句やクレームを言われる」というネガティブな気持ちでは「子どもの最善の利益」を護ることはできません。
保育中の事故やケガを防ぐのはあくまでも子どもたちの健康と安全のためであり、園の面子や経営者の保身のためではありません。
子どもたちは小さなケガや事故をも体験しながら、本当の危険を察知していきます。
リスク回避を必要以上に意識することで子どもたちの行動に制限をかけるのではなく、子どもたちの健康と安全のために本当に必要なリスク回避というものを考え、それを徹底し、子どもたちの「自ら育つ力」を成長させることこそ、保育のプロとしての義務や責任と言えるのではないでしょうか。
参考文献
・伊藤正己・加藤一郎編『現代法学入門 (有斐閣双書)』(有斐閣、第4版、2005年)
・内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会、第3版、2011年)
・河野正憲・勅使川原和彦・芳賀雅顯・鶴田滋『プリメール民事訴訟法』(法律文化社、2010年)
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記事公開日:2019.11.11
記事更新日:2021.07.15